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卒業論文について

以下の「“卒業論文”について」は、1980年代の前半までの名古屋大学文学部西洋史学読書室につたえられてきたコピーを、電子テキストに入力しなおしたものです。オリジナルは手書きであり、また内容から東京大学において使用されたものと推測されます。略字は正字になおしましたが、旧字体はそのまま、相前後している番号なども、オリジナルのままです。イタリック体もつかわず、下線を付しました。誤字があれば、それは入力者の責任です。

著作権はもちろん「柴田(教授)、松本」両氏にあります。本来であればこのようなサイトで公開すべきものでないかもしれません。しかし、いまではその存在も忘れさられようとしているこの文章は、じつに格調高く、また、卒論執筆者のみならず、論文を書こうとする者すべてにうったえかけるところは大であると考えます。このまま消えてしまうのは、とても惜しい文章です。

不適当であるといわれましたらその時点で削除する、という限定で登載いたします。



“卒業論文”について (柴田、松本)

Copyright 1974/2003 Shibata and Matsumoto.

[I]卒業論文を書くということ。

1)学部の卒業論文の作成は、学問の“専門的”分野において、はじめてものを書くことである。
 大学の“専修課程”に在籍して研究するということは、単にその専門分野の既知の知識量を、百科全書的に増大させることではない。それらの知識を成り立たせている基盤としての、思考方法とその知識の開発(探索)の手続きを体得することにある。
 その最良にして唯一の道は、自ら探索すること、つまり“論文を書く”ことである。自らその経験をもつことによって、他人の論文を眞に評価することが、はじめて可能となる。

2)勿論、学部の卒業論文においては、時間的・熟練度の制約によって、完全な成果を望むことは困難と思われる。その意味で「習作」の域にとどまらざるをえないが、およそ“論文を書く”限り、以下の基本的態度はこの場合にも要請されている。
  1.  可能な限り、広く且つ丹念に、史料・文献を渉猟すること。
  2.  十分な証拠による論証なしに、独断的な解釈を下さぬこと。
  3.  自分で考えて十分に納得したうえで書くこと。
 このことは、根拠の薄弱な推論、あるいは假説を一切こばむことを意味していない。探求の怠慢に由来する推論・假説でない限り、それは許される。但し、この場合にも、それが、推論・假説であることが当事者に十分に自覚されており、叙述の中に明記されていなければならない。

3)この意味で、論文においては、叙述中に根拠を示す「註」が必要・適切な個処に付され、また巻末に、自己の参照した「文献目録表」が掲載されることが、絶対的に近い必要条件となる。
 自己の参照しない文献名をいたずらに列挙することは、無意味であるばかりか、不誠実な場合もありうる。「このような文献が本来ありうる」という意味で目録表を付する場合には、そのうち、自分が参照したものに印をつける必要がある。

[II]作成のため実際的作業

(1)テーマの設定

 1)テーマの設定は愼重に行わねばならない。「何をやりたいか」と同時に、「何ができるか」の配慮が必要となる。

 2)したがって、テーマ設定は、かなりの程度の読書の後に、はじめて可能となる。しかも、テーマの設定は、おそすぎてはならない。

 4)テーマの種類は、多様でありうる。一つの条文の解釈に関する詳細な実証研究から、英・仏封建制の比較という門口の広い研究までありうる。但し、最初に書く論文という意味では、後者のような過度に大きなテーマは無理である。もしこのような問題に興味があれば、それに関する重要論点の研究史・学説史の整理とか、代表的歴史家の理論内容・概念の検討という、より限定されたアプローチを選ぶことも一方法となる。
 他方、あまりに狭いテーマをえらび、形式のみ妙にクロートじみた論文を、最初に手がけることも、好ましくない。
 “悪戦苦闘の末に破綻している論文”というのも、処女作としては貴重なものである(但し、本人が破綻を自覚していることが必要)。

 5)テーマの設定は、最終的に決定する前に、教師・先輩に相談する(自分でいろいろ考えた上で)ことが望ましい。

 3)テーマの設定のプロセスは、まず、概説書をよみ、その中の一部分に興味をもち、次第に焦点がせばまって、最終的に確定してゆく、という場合もありうる。しかし、概説書をいくらよんでも焦点が定まらない場合もある。むしろ、実際的なケースとしては、たまたま読んだ個別論文に興味を触発され、ついで概説書をよんで、その論文の意味や背景が分って、ますます興味が湧き……という形で進行する場合の方が少なくない。
 したがって、出来る限り、まず多くのもの(和書、邦語論文からはじめるのがよい)を読むことが必要である。

(2)参考文献の作成

 1)テーマを決定する場合、いかなる参考文献があるかを同時に調べること。そして、それが、自分の閲覧可能の範囲にあるかを調べること。前述の「何ができるか」は、これと関係がある。

 2)テーマの設定以前の文献の所在調査は。小手調べ的な作業だが、テーマの設定後は、この作業は、本格的に開始されなくてはならない。

 3)参考文献は、史料と狭義の文献(研究書・研究論文)の2つから成る。本格的な研究は、史料を不可欠とするが、また、テーマの如何によっては、それが不可欠となるが、学部の卒業論文においては、史料に直接当たることなく、狭義の文献のみで作成することも許容される。
 (これは、文献をこなすだけでも相当の労力を必要とすること、また、文献(研究史)を十分にこなさずに史料を操作することが独断的におちいりやすいためであって、史料の軽視では、決してない)。

 4)参考文献の調査は、“系統的”と“経験的”の2つの方法を併用する。
 系統的——1.テーマ別に文献を紹介する「入門手引き書」の利用。
 和書では井上幸治編『西洋史研究入門』(東大出版会)、前川貞次郎編『入門西洋史学』(ミネルヴァ書房)、大塚 etc 編『西洋経済史講座、Vol. 5』(岩波書店)etc がある。
 また青山 etc 編『『イギリス史研究』級入門』(山川出版社出版社)はこの分野で有効。
 だが、和書だけでは、必ずしも十分でない。そこで、外国書の利用が必要だが、概して、外国ではこの種の書物は、はるかに整備・充実している。
 例えば、イギリス史では、青山編・前掲書にある各時代別の Bibliography of British History, フランス史では、"CLIO", "Nouvelle CLIO", ドイツ史では B. Gebhardt, Handbuch der Deutchen Geschichte, etc がそれに当る。
         2.専門雑誌の動向・書評欄の利用。
 邦語では、「史学雑誌」「歴史学研究」「西洋史学」「社会経済史学」「土地制度史学」、etc.
 但し、以下の外国主要雑誌の方が、利用度が高い。その特に主要なものをあげれば(英・独・仏・米の代表的なものの一例)、
"English Historical Review", "History", "Historische Zeitschrift", "Historisches Jahrbuch", "Zeitschrift für Geschichtswissenschaft", "Revue historique", "Annales Economies, Sociés, Civilisations", "American Historical Review", etc.
(以上は、ほんの1例にすぎず、もっと時代・分野を限定した雑誌が、層々、利用価値がより高い)。
 経験的——1.参照した著書・論文に引用されている文献に注意する。とくに、比較的最近刊行された専門的研究書の巻末の文献目録は、概して、利用価値が高い。
         2.図書館の分類別カードの調査。

 5)以上から得た文献名を、一つずつ文献カードにとり、これをアルファベット順、分類別に整理する。

 6)これら史料・文献が、図書館 etc に存在するか否かを調査する。東大に限らず、他大学、国会図書館 etc へも出向く。カードごとに在・不在を記し、在の場合は、所在機関と番号も記す。

 7)このようにして、次第に参考文献カードが出来てくるわけであるが、この調査の結果如何で、テーマの変更もおこりうる。また、この調査は、おおむね、読書と平行して行われる。

 8)必要文献で国内にない場合(やや特殊なテーマをえらべば、この場合の方が多い)は、外国に発注する。絶版書はマイクロ・フィルムでとりよせる方法があるが、学部段階では一般に、そこまでやる時間的余裕はない。

 9)おそらく、参考文献カードは、直接的・間接的なものを含めて厖大な数に及ぶ。卒業論文では、そのすべてを読む余裕は勿論ないから、基本的なものを選んで読む。何冊読めばよいなどの基準はありうるはずがないが、少なくとも、邦語文献はすべて読み、且つ、欧語文献の基本的なものを数点読むことが必要である。

 10)元来、「論文」とは、オリジナルな研究のことであって、それが単なる「リポート」と異なる点である。少なくとも、日本でまだ誰も明らかにしていないことを明らかにするのが、「論文」の目的であり、その条件である。したがって、そのテーマに関する限り、既存の邦語文献の水準を越えていることが要請されるのであるが、これは、現在では「修士論文」について要請されている条件であって、必ずしも、「卒業論文」には厳格に適用されない。しかし、その気魄と情熱を以て当ることが望ましい。

(3)研究の進行

 1)テーマを設定し、史料・文献を読んでゆくにあたって、作成すべき論文の構成が常に念頭におかれねばならない。そのため、できるだけ早い時期から、論文の「章別構成」が構想される必要がある。

 2)章別構成は、紙に書いて考える。触れるべき事項、論点を列挙し、それらをいくつかにくくりながら、章別、説別に区分してゆく。この作業は、研究進行の途中で、幾度もくりかえされ、組み立て直され、最終的には、当初とかなり変ったものとなる。

 3)章別構成のメモと、読書によるメモとの「中間的メモ」が不可欠となる。読書の際 気づいたこと、考えたことを書き出し、章別構成へ組みこんでゆくためである。読書によるメモ(すなわちノート)に書き込んでおくと、あとで見落したり、所在が分らなくなる。

 4)史料・文献のノートのとり方は、論議の多い大問題であり、結局は各人が工夫して、自分にあった方法を作りだすしかない。
 一般的に言えることは、丹念に読むことは必要だが、過度にくわしいノートはとらぬこと。全体にわたって書きうつす結果になっては、時間のロスである。
 史料については、(1)どこに何が書いてあるというメモ、(2)全体の大意・要約、(3)将来の引用を予想して原文の書きうつし、の3種類に区別し、随時判断しながら行う。(勿論、(1)→(2)、(2)→(3) のため、再見の必要が生ずる場合もある)。
 著書・論文については、その要点、論のすすめ方、つまりその骨組みをつかみ、その著者の「章別構成のメモ」をかぎとる気持で自分でそれを分類、区分し、ノートする。この場合も、上記3種類の区別をする。欧語の用語は、なるべく原語でノートする。
 (ノートのスピード化のため、自分独特の省略記号を案出するのもよい)。

 5)ノートの用紙は、「大学ノート」と「カード」が両極端で、中間に「ルーズ・リーフ」がある。
 これは、各人の性格とも関係することで、規格化できないが、一つの考え方を、参考までにいえば——
 (1)カードがもっとも偉力を発揮するのは、さまざまな事実が混入している史料を次々と読んでゆく場合である。一項目ごとに、ぜいたくにカードを使用し、関係事項を見出しに一つずつ書きながら、通し番号を打っておく。(あとで、分類すれば、効果的)。
 (2)ただし、史料といっても、個人の著作研究の場合、カード化すると、全体的まとまりが損われる。但し、ある概念の使い方などを調べる時は、カードの方がよい。

 (3)論文のノートをとる場合、大学ノートが便利なこともある。カードでも出来るが、むやみにカサがでる。
 (4)大学ノートの重大な不便さは、論文を作成する最終段階で、そのノートから再びノートをとってメモを作る必要が生ずること。この点、ルーズ・リーフ、とくにカードでは、それを並べなおすだけで、そのまヽ参照してゆくことができる。
——以上の諸点を考慮し、それぞれがもつ長所、短所を補うような方法を、各人が工夫するしかない。

[III]論文の執筆

 1)研究が一定度に達した所で、下書きを開始する。
 下書きは、案外に時間を要するので、ギリギリまでのばすのはよくない。下書きの段階で、分っていたはずのことが分らなくなったり、分らぬことが書いてゆくうちに分ってきたりする場合もある。

 2)時間が許せば、下書きは幾度も書き直す方が望ましい。

 3)論文のスタイルは、各人の個性と、扱うテーマによって、多様となる。例えば、個別事象の論証という純実証にかかわる論文は、一番スタイルとしては無難である。問題を提起し、史料をつかいながら次々に論旨を展開し、結論へもってゆく。しかし、もっと門口の広い、やや総合的面のある論文となると、そのスタイルには、愼重な工夫が要する。

 4)論文は、“概説”ではなく、また総合雑誌の“論文”ともちがうことを銘記すること。

 5)構成は、序(問題の所在)、本論、結論の3つに分かれる。「序」(「はしがき」「問題の所在」etc)は、特に細心の注意で書くこと。その論文で目的とする問題点を、(なるべく研究史をふまえて)、明確に提示すること。冒頭の書き出しも、苦労する点である。「結論」は、全体の言わんとしてきたことを、今一度要約することのほか、残された問題、あるいは展望などを書く。後者はなくてもよいし、前者が今更不必要という場合もある。しかし、何らかの「結論」それ自体は、形式上、必要である。
 6)全体の敍述に、工夫する。通俗的な表現、繰り返し、自分にしか分らぬクセのある文章は避ける。また、異常に高揚した力みすぎの文章も感心しない。曖昧な表現はできるだけさけ、なるべく明確な言葉をえらびながら敍述する。
 また、論旨の展開(章別の構成をあわせて)をゴタゴタさせず、スッキリと簡潔に、しかもダイナミックにする。所詮、人に読ませるものであるから、興味深く(知的な意味で)引きこまれて読んでゆくように、できるだけ工夫する。人を圧しつぶす程の厖大な史料(素材)とその重量をはねかえす強靱な構成力との2要因の見事な結合が、論文の理想である。


卒業論文に関する注意——技術的側面

I. 本文について

●別紙 柴田教授のコメントを参照せよ。以下は付加事項を主に挙げる。

(1)国内にある外国雑誌の所在を確かめるには、

文部省大学学術局編「学術雑誌総合目録 人文科学欧文編」、1967
によればよい。研究室に所蔵。但しかなり古くなっており、洩れているものも少くない。研究室所蔵の雑誌リストがあるので助手に頼めばよい。

(2)外国から文献を取り寄せる場合、

 書店(なるべく小さなのが便利で早い)での注文は3ヵ月はかヽるので早目に手続きをとること。
 直接欧米の書店・出版社と contact をとれば、2割安になるし、時には1ヵ月半ほどで来ることもある。親切な書店なら各国の書物・古本も送ってくれる。

(3)参考文献を邦語のみですませるのは不可。(邦語文献を読む必要がないという意味ではない。)

 基本的には英・独・仏の文献を読みこなせることが望ましい。中世史ではラテン語、古代史ではラテン・ギリシア語の素養(論文中に引用された文章は辞書を引けば大体わかるという程度)は必須条件。もっともこれら古典語の本格的史料を検討しなくてはならないようなテーマを選ぶ必要はない。

(4)大学者の説のひき写しはもちろん過度の引用も慎しめ。

(5)下書きは何回か書き直し、無駄な部分の削除(註にまわす)訂正を行うと共に、読み手の誤解を招かぬよう、文章を整える。誤字・アテ字・略字・ふさわしくない表現のないよう十分に注意せよ。

(6)他の研究者を批判する際は特に注意し、ポイントとなる箇所は註に原文をも引いておくこと。

(7)本文中に原文を訳なしで引用することは避けた方がよい。読めないと思われても仕方がない。

(8)その他

 1)枚数は400字詰原稿用紙で50枚程度。(註はその4〜6割位か)
 2)黒か青のペン(万年筆)、横書き。鉛筆・ボールペンは不可。
 3)横とじの製本にする(洋書の体裁)。縦とじは不可。従って原稿用紙は製本できるようなものを注意して探し出すこと。製本のためには3日ほどの余裕をみておくこと。特に期限前は混み合う。地下生協の製本屋が比較的早い。
 4)本文、註には必ず頁をうち、正確な目次をつける。
 5)参考文献表の書名・論文名はなるべくタイプで。
 6)外国語の表記は原語でかまわない。カタカナ書きを採用しても、原語をカッコか註で付記すべきものがある(特に一般の読み手が知っていそうにない人物・地名、党・組織名など)。
 ——ロンドン、マルクス、第一インタナショナルなど原語で表わすのがこっけいな語句もある。
 ——横文字は一マス2字が原則(註においてはそれほどこだわらなくてよい)。
 7)ラテン語の表示に長短アクセントは不要。ギリシア語には必ずアクセントをつける。両語とも日本文の中で単語を単独に用いる場合には原形(名詞なら単数乃至複数 nominative)に直す。例外もありうるが。
 e.g. 原文が "...ιη οικια ..." となっていても「…その οικια ``で…」という風に
 "... civitati Aeduae dignitatis tribuebat..." (Caesar, bello Gall. より)
  —→「Aedui の civitas に dignitas(権威)があることを認めて…」

II. 註について

○註はあくまで本文の補強物だが、註が充実した論文は好ましいものである。よい註のついた論文を多数読むことによって、自分の好む方式を見出す。その方式が定まったら一貫してそれを用いなくてはならない。またムダな註、なくてはならぬのに見当らぬ註などのないようにすべきである。
○註の文章はできるだけ簡潔に、凝縮して記せ。但しあまりに凝ってはならない。

(1)註が必要なばあい

 1)他人の意見の引用・批判、又はそれを参照してほしい時、その典拠を明示する。おなじ説をいく人かが示していて、たヾ参考として引くだけなら、その内でもっとも権威ある著差のものを引く。広く利用されている説、常識化された事柄にはその必要はない。
 e.g. 1776年にアメリカ独立革命が起こったこと。
 e.g. ローマ皇帝テオドシウス1世が帝国を二分して息子たちに遺贈したこと
 いずれの場合もビアードやギボンを引くのはこっけい。

 2)史料の典拠を示す時。特に重要である。読み手がすぐ原典から見つけだせるよう、正確・詳細に記せ。史料によっては text が何種類も存するものもあるので、そのうちのどれを用いたか、必要な場合にはその理由をも付記せよ。この点は特に配慮しないと、論文の価値自体を疑われるおそれがある。
 e.g. マルクスならディーツ版、カエサルならトイブナー

 3)本文中に文献・史料を訳して引用した時。必要に応じてその原文を註に入れなくてはならぬことがある。

 4)自分の論文中の他の箇所を参照してほしい時。
 e.g. 本論(章)x頁参照。
 あるいは、(vide) supra p. x.(上記x頁を見よ)
 infra p. y.(下記y頁を見よ) などとする。

 5)本筋と直接関係ないが、読み手への親切か、自分の勉強を示すために付け足しておきたい事柄。本文が余りに煩瑣になる場合。

(2)方式

 1)脚注——頁への割りふりが難しく、よほど時間がないと採用は無理。文字を小さくしなければならないのも時に欠点となる。

 2)左頁本文・右頁註——読み手には親切な方式。しかし頁によっては右頁がほとんど白紙になったり、次々頁にはみ出したりするのが厄介。原稿用紙に書いた際にも注意が必要(製本の都合上 同一の用紙に本文とその部分の註を書いてはいけない。)

 3)章・節の末尾にまとめる。

 4)巻末註——もっとも簡単。小さい文字で書く必要もない。但し読み手の便宜をはかって別冊にすること。

(3)技術—あくまで以下は一つの方式である。

 1)固有名詞、著者、書物、論文、雑誌名、発行地などはそのまま横文字を用いよ。

 2)本文中に入れる註ナンバーは、(15)(16)という風にし、なるべく句読点の切れ目に入れる。統一を図って、見苦しくないようにせよ。

 3)書物の引用
 a.書名だけの引用
 W. H. C Frend, Martyrdom and Persecution in the Early Church, (Blackwells,) Oxford, 1965.
 △書名の下には下線。順序、コンマ・ピリオドの別に注意せよ。出版社はとくに必要ではない。
 J. Maurice, Numismatique constantinienne, 3 vols., Paris, 1908-12.
 A. von Harnack, Vie Mission und Ausbreitung des Chirstentum in den ersten drei Jahrhunderten, 2 Bde., Leipzig 1924.
 △複数巻の表示の相違に注意。但し vols. で統一するも可。
 △改版は英書は 2nd (4th...) ed., 仏書は 4e èd., 独書 4. Autl. のように示す。その場合 発行地の前におく。あるいは簡単に 19244 としてもよい。リプリントは rep. 1973. 通例まず第一版の出た年を書き、続いて自分の使用した書物の出版年をコンマではさんで記す。何版も出ている書物は、どの版を用いたかを特に明記しなくてはならない。
 △発行が何年かに跨る場合。1929-36. という風に。またもちろん 1896-1902.
 △発行地・年をカッコでくくる方法もある。
 △英書名では名詞・形容詞は大文字で始めるのが普通。
 △仏書名の大文字は個有名詞の頭文字のみ。独書名の形容詞、仏・独書名とも、個有名詞から派生した形容詞は小文字で始めることに注意せよ。
 e.g. Die constantinische Frage,
 e.g. Le cheval dans l'antiquité gréco-romaine,
 △編著の場合
 英書 A. Momigliano ed., The Conflict between Paganism and Christianity
  (複数の編者の時は eds. とすることもある)
 仏書 éd.,
 独書 K. Christ hrsg., Das frühe Christentum ...
  herausgegeben の略
 △史料・雑誌の中には特有の表示方法をとるものがあるので、専門家の註にならうこと。

 b.書物の特定の箇所の引用・参照
 M. I Finley, The Ancient Economy, London, 1973, pp. 157-184.
 △1頁のみの引用の時は p. 246. 複数頁は pp.
 △独; S. 117-119(複数頁でも SS. としてはならない。日本式ドイツ語だから。)
 △pp. 315-30ではなく、pp. 315-330 とする方がよい。  
 △p., S. の使いわけが望ましいが p. で統一してもよい。また p., S. を全く用いない方式もある。どちらかに統一しなくてはならない。
 △初めとおわりの頁数をきちんと記す方がよいが、以下のようなやり方もある。
 pp. 181f. (pp. 181 sq.) ※sq. = sequentia=sequence; イタリア語…sg.
  ——181 及び 182頁を指す。   
 pp. 181ff. (pp. 181sqq.) sgg.
  ——181頁以下何頁かを指す。
 △巻号の表示
 O. Seeck, Geschichte des Untergangs der antiken Welt, Berlin 1920-21, III, 465-498.
(Bd. 3, S. 465-498 でもよい。Bd. III でもよい。)
  ——Bd. はドイツ書のみに使う。巻数のローマ数字はドイツ書、古典史料に多い。
 A. H. M. Jones, The Later Roman Empire, Vol. 2, pp. 728-765.
  ——英仏書は Vol.(V は大文字)とアラビア数字を用いるのが無難。その際前掲形式により pp. を省くのも可。
 a.書名だけの引用への追加
 △発行地不明 n.p. (no place of publication)
 △発行年不明 n.d. (no date)
  推測できるときは [1935] などとする。

 4)雑誌論文の引用
 U. Hauser, „Zum Problem der Nationalisierung Preußens,“ Historisches Zeitschrift, Bd. 202, Heft 3, 1973, S. 529-541.
  (CCII, 3, 1973, 529-541.)
 G. E. M. de Ste Croix, "Aspects of the 'Great' Persecution," Harvard Theological Review, Vol. 47, 1954, pp. 75-113.
 △雑誌名に下線。(論文名には下線不要)
 △引用符の相違、コンマの位置に注意。
 △Bd., Vol., Heft, Beiheft, No. など各国語、雑誌の種類により慣用的な表示法があるのでそれにならえばよい。
 △通例 発行地は書かなくてよい。
 △発行月日は年の前。 Past and Present, No. 26, Nov. 1963, pp. 6-38.

 5)その他の略号(便利ではあるがやたらに用いるのは感心できない)
 △Ibid. Ibidem(おなじその場所で)の略。従ってピリオドが必要。コンマのあとに来ない限り大文字で始め、下線を付す。 ※下線は印刷時にはイタリックとなる。
 用法:すぐ次の註でおなじ書名・論文名を引用するとき。
 (15) C. Dawson, The Making of Europe, Cleveland & New York, 1932, 196517, pp. 103-117.
 (16) Ibid., pp. 169-175.
 △次に別の書物が註に引用されて間に介在した時はもはや Ibid. は使えない。その場合「前掲書」の意味で次のような略号を用いる。
 op. cit., p. x. opere citato(引用された作品中に)の略。   
 小文字で書き、下線・ピリオドをつける。本文中に著者名を挙げていれば別だが、層でないなら最初に 著者名、コンマ、op. cit., とする。要するに、誰の何という作品かがそれだけの表示でもわかればよい。
 l. c., p. x. も同義。 loco citato(引用された場所に)の略
 ※ドイツ書
 Ibid. → Ebenda, Ebd.
 op. cit. → a. a. O.(am angeführten <angegebenen> Orte の略)
 英仏書の引用が多ければラテン表記で統一してよい。英仏書に a. a. O は感心できないが。
 △Idem(おなじ人が) ピリオドは不要。すぐ次の註で前註と同じ著者の別の著作を引用する時に使う。Id.とも略す。
 e.g. (11) Th.*1 Mommsen, Römische Geschichte, I, 169-175.
    (12) Idem, Römische Staatsrecht, II. 1*2, 115-126.
  ※1 クリスチャン・ネームの頭文字は何度出て来ても常につける。この場合のように、頭文字を2字記すのが常識の場合もある。同名異人の時はフルに記す。
   Th. = Theodor
  なお古代ローマの人名の頭文字の慣用に注意。
   C. = Gaius, Cn. =Gnaeus
   M. = Marcus, M'. = Manius など。
  ※2 第2巻第1分冊の意。
  特に史料の場合は巻・章・節まで数字がうってあるので、きちんと順序だてて記さなくてはならない。通例巻数はローマ数字を用いる。
 e.g. Historia Ecclesiastica, III. 6. 7-12.
Ibid., V. 1. 31-35, 42-46, 2. 16-18.
   (この場合5巻1章31−35節、同42−46節及び2章16−18節を示す。)
  特定の史料には特有の表示法があるし(ローマ数字の小文字を用いたり、ABを用いたり)、ピリオドの代りにコンマを用いることもある。いずれにせよ論文全体を通じて方法が確立し、一貫していることが大切である。
 △史料・雑誌等には慣用化した略号が多い。それにならえ。
MGH = Monumenta Germaniae Historica
HZ = Historische Zeitschrift
 △Cf. p. x Vgl. S. x(参照せよ)
 △passim(至る所に)——参照すべき事象が非常に多くの箇所に出てくるので、それを列挙する煩に耐えられぬ時に使う。
 e.g. (1) Diocletianus の政治改革については、K. Stade, Der Politiker Diokletian und letzte große Chritenverfolgung, Wiesbaden 1930, 1 Kapitel, passim.
 △i. e. = id est(即ち)
  e. g. = exempli gratia(たとえば)
  viz. = videlicet(通例 namely と読む)(即ち)
  c. od. ca. = circa  (〜頃;人物の生没年不詳の場合に使う*)
  ※Constantinus, ca. 285-337.
 これらの略号は便利ではあるが、あまり用いるべきものではない。

 6)同一の著作が何頁にもわたって引用されたり、かなり間隔をおいて引用されたりすると、op. cit. だけでは書名がわからなくなることがある。だからこの種の略号を乱発するよりも、引用度の少ない書名はその都度くり返して記すか、頻出する書名はそれとわかる程度にちゞめた略記を用いればよい。その際初出の註で断っておくことも必要。
 e.g. G. Tellenbach, Königtum und Stämme in der Werdeyeit des deutschen Reiches, Weimar 1939.(以下 Königtum と略記。)
 もちろん2度目に出て来る時は発行地、発行年は不要。人名だけで間にあわせることもできよう。なお註(別冊にする時)の冒頭か参考文献表の冒頭に略記表(Abbreviations)を設けておいてもよい。

 7)参考文献表(Bibliography)
 是非付すべきである。場所は註の巻末。タイプを用いる。原則として自分が読んだもののみを挙げ、何らかのコメントを付するがよい。重要なものでも利用できなかったり、孫引きせざるをえなかったものはその旨を明記すべきである。
 参考文献表が完備されておれば註に引く書名もある程度簡略化してよい(前項参照)。
 リストの区分は細かくしない方がよい。精々史料と研究書を分ける程度にする。
 順序は通例著者の頭文字のABC順だが、それほど数が多くなければ重要度の順でもよいだろう。

 8)マイクロフィルム、マイクロフィッシュの使用も年々多くなる。個々に応じて表示すべきか否かを判断せよ。特有の表示方式あるものはそれにならえ。

 9)邦語文献の引用(基本的には洋書引用の注意事項と同じ)
 e.g. (1) 増田史郎「西洋封建社会成立期の研究」岩波書店、昭34,248頁。 
    (2) 桜井万里子「エレウシスの祭儀とアテナイ民主政の進展」史学雑誌 82-10、1973、27-35頁。
    (3) 木村尚三郎「フランス中世の家制度について」堀米庸三編『西洋中世世界の展開』東大出版会、昭48(所収)、95-107頁。
  ※昭和x年か西暦かどちらかに統一すべき。
  ※『…』所収。とするのは頁数を引用しない時。

 以下、細かいことを付け加えればきりがないが、要は読み手がわかりやすい、正確で、首尾一貫した方式をもつ註を作成することが大切である。なおこのメモは西川正雄「註のつけ方」(復刊「クリオ」1号所収)を参照してそれに多少手を加えたものである。

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